高校卒業後、日本の大学には進学せず、中国の上海にある「上海外国語大学」へ留学しました。
私は留学を決めるまで、中国語の知識はゼロ。英語も特に喋れる訳でもなく、語学力に自信は一切ありませんでした。
高校時代の国際交流で海外に憧れ、中国に留学なんて周りに誰もいないし、物価も安いし、日本から近いし、なんかいいかも!位の気持ちで留学を決意。大して親の助言も聞かず、自分で事前の下調べもせず、留学エージェント主催の1週間の中国語講座だけ受けて上海に旅立ちました。
そんな私でも留学開始から8か月で旧HSK5級を取得し、1学年飛び級するまでに語学力がアップしました。留学中どのような環境でどのような勉強をしてきたか、私の留学経験を記載していきます。
※こちらの記事は、HSK試験の新制度が始まる前に留学していた内容となります。現在、HSK試験の制度は変わっていますが、旧HSKと新HSKの試験内容が大きく変わっていないことや、紙媒体の勉強方法に大きな変化はないと思いこの記事を書いています。
上海留学の概要
私の留学はエージェントを通した語学留学で、中国の大学にある留学生別科で4年間学び、日本の大学と同等の学位を取得できる、というプログラム。
私の選択した学科は3年次に1年間アメリカかイギリスで英語留学もできる、という内容でした。
留学生別科とは?
外国人留学生が中国の大学で学ぶ際に所属するのが留学生別科です。
中国人の学生が所属するのは本科と呼び、ある一定の中国語レベルに達している外国人も本科入学が可能です。
中国の大学は9月始まりの為、それまでの期間で中国語の基礎を学びます。
高校卒業後の4月から約3か月間、上海で生活しながらエージェントが運営する語学学校に通い勉強しました。
授業が7月半ばで終わるので一旦帰国し、9月に上海へ戻ってきて今度は大学に入学する、という流れでした。
最初の語学学校は生徒は日本人のみ、先生は中国人でした。なので、基本的には中国語で授業が進められます。
ほとんどの生徒が中国語をイチから学ぶという状態だったので、たまに英語を交えながらなんとか理解できるように進めてくれます。
知識ゼロの状態から中国語で中国語を学ぶ為、日本語を介して理解する、という作業はほぼ必要ありませんでした。(単語だけは日本語訳して理解が必要でした。)
感覚で語学を学べたので、英語学習の時に感じたよくわからない微妙な日本語訳の違いで悩むこともなく、素直にすんなりと言語の使い方を習得することができたように思います。
授業中も「今のフレーズは聞き取れた」とか「先生の言っていることが理解できた」ということが日々増えていくので、着実に成長が見え、やる気に繋がっていました。
しっかりと最初に基礎力をつけたことで、大学入学後の授業もつまづくことなく入ることができました。
上海外国語大学の飛び級について
私の入学した大学の飛び級制度は、1年前期(9月~2月)の授業終了後、2年後期(3月~8月)のクラスへ1年飛び級できる、という内容のものでした。
9月に入学してすぐに飛び級制度があると知り、留学開始時からずっとホームシックを引きずっていて、毎日日本に帰りたいと思っていた私はすぐにこの話に飛びつきました。
飛び級すれば3年で日本に帰れる!今の辛い状況から早く抜け出せる!と思ったわけです。
大学により制度内容や飛び級条件は違いますが、私の通っていた大学は条件が2つありました。
- 授業の成績上位者であること
- 旧HSK(漢語水平考試)5級以上を取得していること
大学の授業は始まったばかりだったので、まずは旧HSK5級を取得する必要がありました。(新HSKだと4級相当)
早速11月のHSK試験に申し込みを行い、2か月間で試験対策をすることになりました。
普段の授業用勉強方法
普段の授業の勉強は復習をきちんとしていればついていけるレベルでした。
毎日宿題が大変多かったので、宿題+復習で授業内容を習得できました。
確認していたポイントは、単語、文法、発音の3点です。
単語
知らない単語があると授業の理解度が下がるので、単語だけは事前に意味を調べる予習をしていました。
予習+授業内で覚えきれなかった単語は復習で覚えます。毎日知らない単語が次々と出てくるので、とにかく繰り返し学習で読み書きしながら覚えていきました。(今となっては単語だけでなくセンテンスで覚えるべきだったなと思います。)
文法
丸暗記ではなく、仕組みを理解することを重視していました。復習で理解ができなかった部分は先生にとことん聞きます。
「なぜこうなるのか?」ではなく「自分はこうなると思ったのに、そうならないのはなぜか?」という聞き方をするとより私が理解できるように分かりやすく説明してもらえました。
発音
とにかく基本を大切にしました。発音の手本音声を聞きながら、中国語のピンインを四声ごと(日本語で言うあいうえお表)に発音する練習を毎日実施しました。この練習は留学開始当初からずっと続けていて、授業でも発音を褒められることが多かったのはこの練習のおかげかなと思っています。
毎日数分で完結できるので、中国語学習を始めたばかりの方はもちろん、既に学習されている方で発音に自信がない方にもおすすめできる練習方法だと思います。
HSKの勉強方法
HSKの勉強は担任の先生がおすすめしていた北京語言大学出版社の模擬試験集を購入し、この1冊に絞って勉強を進めていきました。
北京語言大学出版社の本はなぜおすすめ?
①世界で唯一の「外国人向け中国語教材」を専門としている出版社である
②HSK試験が元々北京語言大学が考案したものである
(私が使っていた「HSK漢語水平考試(初、中等)単元訓練集」という本は旧HSK試験の勉強でとても有名な本でしたが、現在は絶版のようです。)
問題集の進め方
①問題を解く(内容がわからなくてもとりあえず回答を出す)
②答え合わせ→正誤の確認だけでなく、回答の理由を理解する。知らない単語や文法を問題の中で学習していく。
これを繰り返し行いました。わからない点があれば授業後に質問ができたので、もやもやを残すことなく学習を進められました。
単語については、毎ページ知らない単語が大量に出てくるので、全てを覚えることは不可能に近いと思います。重要そうな動詞等を優先的に暗記していきました。
革新的な勉強方法では全くないと思います。とにかく地道な作業です。
その為、授業以外の時間の多くを勉強時間に費やし、コツコツと勉強を進める必要がありました。
留学中の勉強環境
学校の授業は朝8時から始まり、16時頃には終わります。授業後は毎日大学内の図書館に通い、22時頃まで勉強をしていました。とにかく勉強時間を確保できたことが最終的に飛び級に繋がったと考えています。
勉強時間を確保できた理由
- 最低限の家事で生活できた。
- 友人と程よい距離を保った為、一人で自由に過ごせる時間が長かった。
の2点が大きいと思います。
家事について
留学中の家事は洗濯、水や軽食の買い出し程度で生活することができました。
中国は食費が安いので、留学中の食事はほぼ外食でした。特に大学周辺は安くて美味しいお店が沢山あり、1日(3食)で計500円あればかなり豪華な食事ができます。
宿泊場所も大学内のホテル寮だったので、定期的に掃除やシーツ交換が入り、掃除も不要でした。
初めて親元を離れ、家事が不慣れな中で、洗濯さえすれば良い環境も勉強に集中できるポイントでした。
友人関係について
大学はクラス単位での授業で、20人弱のクラスメイトと常に一緒に授業を受けていました。クラスの割合は4割日本人、4割韓国人、2割その他の国といった構成で、年齢は10代~20代でまちまちです。
クラスメイトは毎日遊びに出かけるタイプの人達も多く、あまり深くは付き合わず程良く仲良くしたいな、という印象でした。
特定の人と常に一緒にいる、ということをしなかったので、学校が終わると一人で過ごす時間が沢山ありました。
一緒に自主勉強を頑張れる友人がいたらベストでしたが、私のようなガリ勉タイプ(笑)が周りにおらず、一人で勉強することに。一人の時間が長いことで勉強時間は作りやすかったですが、ホームシックからなかなか抜け出せない原因でもありました。
コミュニティを広げる為に入った合唱とオーケストラの社会人団体は、勉強の息抜きにもなっていました。勉強だけ根詰めてやっても効率が悪くなったり、辛いだけだと思うので、息抜きは絶対に必要だと思います。練習は週1回ずつだったので学業に支障なく楽しむことができました。
記事はこちら:語学留学中も趣味を続けるべき理由と実践方法。上海で音楽団体に所属してみました!
飛び級できた理由とその後
学校の授業勉強とHSK勉強を両立し、毎日必死で勉強して迎えた11月。
試験当日は全然手ごたえがなく、正直ダメだったと思っていたのですが、なんとかギリギリで5級を取得することができました!
毎日毎日勉強して、なかなか成果が見えず嫌になる時もありましたが、飛び級する為に絶対に取得したかったので、本当に嬉しく、達成感もありました。
また、HSK試験後に行われた学校の試験でも成績上位者となることができ、飛び級条件をクリアすることができました。
ニーハオ位しか中国語を知らない状態で中国に来た私が、約8か月間の勉強で飛び級できた理由をまとめると以下の3つになるかと思います。
- 語学学校や大学で基礎をしっかりと身に着けた上でHSK試験に挑めた
- 勉強だけに時間を費やせる環境だった
- 絶対に飛び級する!という気持ちが強かった
努力はちゃんと報われるんだなと実感できた瞬間でした。
1年前期を無事に修了し、長期休みが終わると2年後期のクラスへ飛び級しました。
必死に頑張って飛び級したわけですが、結論から言うと2年後期の授業が始まった1週間後に大学を退学し日本に完全帰国しました。
突然のことで周りもビックリ!当然親にも呆れられましたが、当時の私は帰国することしか考えられていない状態でした。
理由としては、色々頑張ったけれど、1年経ってもホームシックが直らなかったこと。それから、中国であと2年半もの間、語学だけを勉強することに目標や意味が見いだせなくなってしまったことでした。早く日本に帰りたいあまり、飛び級に必死に取り組み過ぎて燃え尽きてしまったのかもしれません。
私は留学を終えた先の目標まで考えずに勢いで留学しました。留学そのものが目標だったのです。その状態で頑張り続けるのもなかなか難しいもので、結果的に1年で自主退学し日本に帰ってくることになりました。
留学したこと自体に後悔はないですし、留学経験があるから今の私があるとも思っています。ただ、留学によって何を達成したいのかというところまで考えられていたら、もっと充実した生活を送れていただろうな、と今は思います。
実はこれ、留学前に散々親に言われていたことでした。高校生の私はとにかく留学がしたい!の一点張りで、親が根負けした形で留学させてもらえましたが、ちゃんと言われたことを素直に受け取って考えるべきだったなと反省しています。
留学自体は成功!とは言えない状態なので(^^;)偉そうなことは言えないのですが、留学が終わった後自分が何をしていたいかをはっきりさせておくと、毎日をどう過ごすか、どう過ごしていきたいか見えてくると思います。
航空業界に入りたくて留学した人や中国で就職する為に留学した人は、自分がどうするべきかがわかっていて、常に前向きに行動できていたように見えました。すごくキラキラしていて羨ましかったです。
少し考えるだけで毎日の充実度は変わってくると思います。せっかくの留学だから!と焦らず、一旦立ち止まって目標設定してみるのをおすすめします。